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歩き始めて、今日で何日目になったのだろう。少女は新しい森の入り口を潜りながら、ふとそんな事を思っていた。

何日、で足りるのだろうか。もしかしたら何ヶ月、何年…思い返せないほどの旅路を少女は歩んでいた。

一歩一歩を踏みしめながら、少女は一人、旅をしている。幼心に残る優しい声音を信じ、今日も少女は歩き続けていた。

 

森の中はそよ風が吹き、少女の深緑の髪を揺らす。心地よい風を受けて、心なしか口元が綻んで見えた。

そんな少女の耳をくすぐる様に、軽やかな音が森の中からやって来る。視線をさまよわせると、それは自己主張するように少女の視界に入り込んだ。

光の屈折によって半透明の羽根がキラキラと輝いている。少女の手のひらに収まりそうな小さな命は、鈴の音の様な声音でくすくすと笑った。

 

「珍しい、森にヒトが来るなんていつ以来かしら。ねぇ、何をしに来たの?」

 

ひらひらと羽根をはためかせ、小さな妖精は少女に尋ねた。物珍しいのか、少女の回りをくるくる飛び回る。少女はそれに淡々と答えた。

 

「探し物がここにあるって聞いたから、見に来たの」

 

その声音はどこか嬉しさを含んでいて、妖精は思わず首を傾げた。

 

「こんな森に探し物なんて、それこそ珍しいわ。何を探しに来たの?」

 

妖精の言葉に少女はただくすりと笑うと、止めていた足を動かし始めた。

少女の後を追う様に、妖精がひらひらと付いて来る。それを気にも止めず、少女は緩やかな足取りで歩み続けた。

 

「星…星のカケラを見に来たの」

「カケラ?この森に星が落っこちてきたことなんてないわ」

 

妖精はまじまじと少女を見る。少女は困ったように笑って、悩んでいるのか小首を傾げる。それを真似て、妖精も首を傾げた。

 

「お星様の事じゃないわ…何て言えば良いのかな」

 

上手く説明出来ない、と云う少女の周りを妖精がひらりと待った。

 

「じゃあ、それはどんな形をしているの?」

 

お星様じゃないなら星のカケラなんてどんなものなのかと、妖精は好奇心のままに少女に訊ねる。少女はそれを聞いて左右に首を振った。

 

「分からない、色んな姿形をしているの」

「…じゃあ、どこにあるの?綺麗なもの?」

「分からない、けど綺麗なものだって聞いたわ」

 

返って来た答えは綺麗なもの、ということだけで他は曖昧なものばかりだった。妖精は心当たりがあるのか数回頷くと、少女の肩に腰を下ろす。それを見つめながら少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「綺麗なもの…私が知っている綺麗なものと同じかしら?良ければ案内してあげるわ」

「良いの?」

 

もちろん、と返した妖精はにっこりと笑って見せて、方向を指し示す。少女はそれをしっかりと見て、その方向に歩き出した。

 

真っ直ぐに前を見て歩く少女の足取りは軽いけれど、目的の場所までは少しかかるらしい。森は進むにつれてどんどん薄暗く、鬱蒼と覆い茂る木々によって光を奪われていく。薄ら明かりの中を少女がすんなりと歩いて行くのが不思議だったのか、妖精は少女に問う。

 

「ねぇ、星のカケラを探してアナタはどうしたいの?」

 

人の噂を頼りに見た目もどこにあるかも分からないものを探す少女を、妖精は不思議な娘だと思った。その問いにきょとんと目を丸くした少女は足を止め、真っ直ぐに妖精を見ながら一言呟いた。

 

「この世界を…愛してあげたい」

 

 

 

 

 

「昔、おとぎ話みたいな昔話を聞いた事があるの」

 

日が落ちると森の中は進むに困難なほど暗くなった。少女と妖精は開けた場所に小枝を集め火をおこし、夜更けをやり過ごすことにしたのだ。

パチパチと火が燃えるのを見ながら少女が語るのはたわいもない昔話。それを妖精はただ静かに聞いている。

 

「それは凄く不思議で優しくて、胸が高鳴って…私はそれを見てみたいの」

 

木々の隙間から覗く星々を見上げながら少女が瞳を輝かせる。森の木々によって見えにくくはあるものの、夜空には沢山の星が瞬いていた。

 

「…それを見てどうしたいの?」

 

空を見上げる少女を見上げながら、妖精は訊ねる。壮大な事ばかりを話す少女が気にかかるよう。

空から視線を下ろし、ゆらゆら燃える炎を見ながら少女は何を考えているのだろうか。ぱちぱちと数回まばたきをして、少女は愛おしそうに目を細めた。

 

「この星にある色々なものを、この目に焼き付けたい。見つめて、触れて、覚えておきたいの。

世界中の人がみんな幸せな訳じゃない。それでも、私達は毎日精一杯生きている。それは何の為なのか、私は知りたいの。

もしかしたら私が…私達がこの世界に生まれた意味がなんなのか分かるかも知れないから」

 

言い切った少女の瞳はひたすらに真っ直ぐで、妖精は小さく笑みを零した。

自分には分からない好奇心を持った少女の真っ直ぐな眼差しが、妖精にはとても輝いて見えたのだ。

 

その晩、妖精は少女から色々な話を聞いて夜を過ごした。

森に住まう人魚の話、過去の文明が生きている集落、砂嵐の中で咲き誇る花、甘い霧が発生する村、虹を出せる山…少女の話はこの森の中では見も聞きも出来ないことばかりで、妖精はもっととせがんで少女の話を聞いた。

 

次第に夜は更けて朝日が登り、森の中を太陽の光が照らす。朝露に濡れた木々が光を反射してキラキラと光り出す。

身支度を整え、少女と妖精はまた森の中を歩き出した。

 

森の中は進めば進むほど暗くなり、最奥に近付いて行くのが分かる。道なりに歩いてはいたものの、今では草木を軽く掻き分けながら進むほかない。

妖精は少女の頭上で道を教えながら辺りを見回していた。

その時、視界の端にキラリと何かが輝き、妖精は確信のもと、声を上げた。

 

「…あった!こっちよ!!」

「ま、待って…!」

「早く、もう直ぐよ!」

 

ガサガサと草を掻き分け進むと、突然視界を光が覆う。薄暗い中を歩いていた少女には眩しすぎて、不意にキツく瞳を閉じた。

瞼の上からでも分かる優しい光になれてきた頃、ゆっくりと瞳を開けた少女は何度も瞬きを繰り返して目の前の光景を見つめる。そこには森の中とは思えない程明るく、色とりどりの色彩が散りばめられていた。

 

太陽の光をいっぱいに受けた花が視界一面に広がっている。少し先には泉が見え、遠目から見ても透き通っているのが分かるほど。

全てを見てから少女は妖精を見ると、妖精もまた満足そうな表情を浮かべていた。

 

「案内してくれてありがとう。凄く、綺麗…」

「喜んでもらえて嬉しいわ。因みに、ここはアナタの云う星のカケラだったのかしら?」

 

ひらひらと羽根をはためかせて問う妖精に、少女は静かに頷いてみせる。

そよ風にゆれた花の香りが少女の鼻を擽り、花びらが宙を舞った。

 

「星の…この星のひとかけら、きっと、そうなんだと思う。ねぇ、妖精さん、あなたはここが好き?」

 

不意に問い掛けられた妖精は大きく頷いてみせる。

 

「もちろん、私達の憩いの場よ」

 

森に住むモノにとって、ここは大切な場所。体を休め、心を癒す…奥深い森の中の守るべき場所なのだろう。

少女は頷いて返すと、足下に咲く花を撫でながら愛おしそうに言葉を紡いだ。

 

「そう。私も、今ここが好きになったわ。私はね、ここみたいな場所をいっぱい、いっぱい見たいって思うの」

「どうして?」

「…私達のいるこの星はこの森の外のような荒れ果てた大地ばかりじゃないって事を、しっかりと見たいの。私達と同じようにこの星も必死に、懸命に生きているって。その証を私は見てみたいの。辛いばかりじゃない、この星にも空のお星様と同じ数くらい素敵な事があるんだよって、誰かに伝えてあげたいの」

 

慈しむ様に紡がれた言葉は、凄く優しいものだった。微笑んでいる少女を見つめながら妖精もくすりと笑う。

きっと明日からは今まで以上にこの場所が好きになるかも知れない。妖精はそんな事をふと思った。

 

「…アナタ、不思議な子ね。でも…それって凄く素敵な事だわ」

「そうだったら良いな…妖精さん、案内してくれてありがとう」

 

立ち上がった少女は花を踏まないように歩き出すと、脇道を歩いて泉の方へと向かう。妖精はそれに着いていきながら、ある事を思い立つ。

 

「どういたしまして。ねぇ、一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「なに?」

 

妖精の問い掛けに足を止めた少女は振り返り、真っ直ぐに妖精を見つめ返す。少女の赤い瞳に妖精が映り込んでいた。

妖精はそれを見てくすくすと笑えば、前屈みになりながら少女に向かって手を差し出した。

 

「私、アナタの事が好きになったわ。だからお友達になりたいの。お友達になってくれる?」

「…もちろん、凄く嬉しい」

 

妖精の申し出に頷きながら、小さな妖精の手を優しく握り返す。お互いに笑い返しながら、そうだと妖精が零す。

 

「私はレティ、アナタの名前は?」

 

お互いに名前すら知らなかった事に気付いたのか、妖精…レティは名前を少女に告げた。

少女はそれを反復して呟くと、花畑に負けない程、柔らかく微笑んで口を開いた。

 

「…私の名前は………」

 

 

これは星を旅する少女と、森で出会った友人とのお話。

 

H26.6/27 琥珀

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