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 むかしむかし、この星が廃れるよりも遙かに昔、流れ星が落ちてきました。流れ星は落ちた瞬間砕け散り、この星のどこかに散らばってしまいました。人の願いを叶えると言われてきた流れ星の欠片は、それだけでも願いを叶える十分な力があり、それを拾ったある者は王になり、またある者は巨万の富を得ました。流れ星の欠片は、今でもまだこの星に残っています。誰かの願いを、叶えるために。

 これは亡き母親から聞いた言い伝えだ。多少言い回しや内容に差はあるが、この言い伝えはこの星の各地に広がっている。まだ文明が栄え、人々が不自由無く暮らしていた頃、ある国の王が流れ星の欠片、通称“星のカケラ”を求めて金を湯水のように使い、情報を求めたらしい。それほどこの言い伝えは信じられている。私もこの言い伝えを信じる者の1人だ。いや、信じなければならない者の1人と言うべきだろう。星のカケラに縋らなければならないほどの願いを、私は持っているのだから。

 私には友人がいる。唯一の家族であった母を亡くしてから各地を放浪していた私に出来た、初めてにしてたった1人の友人だ。彼女の名前はアステル。アステルは生まれた時から体が弱く、重い病を抱えている。彼女の家族も母しかおらず、父は死んでしまったらしい。異形に襲われた時、2人を逃がすために囮になったそうだ。死体は見付からなかったそうだが、今でも行方知れずのまま、便りも一切無いという。寂しくはないかと問うた際、母や私がいるから大丈夫と答えた彼女の笑顔が少し悲しげであったのをよく覚えている。アステルとの出会いの切っ掛けは彼女の母だった。旅を始めたばかりでまだ上手く食料を手に入れられず食料が尽きかけて倒れる寸前であった私を、決して裕福ではないというのに彼女の母が救ってくれたのだ。そこで、私はアステルと出会った。その日は一晩泊めてもらえることとなり、私はその一晩をアステルと話すことに費やした。アステルは母以外の者に会うことが無かったらしく、私が初めての友人なのだと笑っていた。私も友人が出来るのは初めてだと言うと、お揃いだね、とまた笑っていた。それが、最初の出会いであった。それから私は不定期ではあるが彼女の元へ通い、外の世界の話をした。人がどう生きているか、どんな食べ物があるか、景色はどうか。様々な話をしていると、ある日彼女がこう言った。

 

「私の体が良くなったら、一緒に旅をしようね」

 

 私は彼女の母から彼女の命がどれだけ危ういものなのかを聞いている。数年保てば良い方だろう、というのがなけなしの金を払って診てもらった時、医者に言われた言葉だ。アステルはそれを聞かされておらず、ただ体が弱いだけだと思っているのだ。そして、いつか治るという希望も捨ててはいない。そんな彼女に首を振れるだろうか。いや、振れはしまい。精一杯の笑顔を作り、勿論だと頷いた。心に満ちた罪悪感は見付からなかったらしく、彼女は笑顔で頷いた。この時、私はどうにかしてアステルの体を治してやりたいと思い、星のカケラの言い伝えを思い出したのだ。どんな願いも叶うと言われる星のカケラであれば、アステルの体も丈夫になるのではないか。そんな淡い希望を抱き、私はこうして旅をしているわけだ。

 そして今、私は使えないものではあるが、星のカケラを手に入れようとしている。寂れた村に住む老婆に星のカケラについて尋ねた所、彼女はそれを持っていると言うのだ。どうやら老婆の先祖が手に入れて願いを叶えたらしく、お守り代わりにずっと持っていたらしい。そんな大事なものを初対面の私に譲っていいのか、と尋ねると、老い先が短く子供もいない自分にはもう必要の無いものだから、と言われた。私はその厚意に甘え、素直に頂くことにした。

 

「これが星のカケラだよ。もう既に1回願いを叶えてしまったから貴女の願いは叶えられないけれど、探す手がかりにはなるだろうから」

 

初めて見る星のカケラは綺麗な色をしていたが、特筆すべき点は見付からない。これが本当に星のカケラなのだろうか。思わず不思議そうな顔をしていたのか、老婆が笑ってこう言った。

 

「このカケラの本当の姿はね、夜になると分かるよ。絶対に、人のいない所で見るんだよ。でないと誰かに存在を知られてしまうからね。さあ、この箱も持っておいき」

 

老婆は私に手のひらサイズの小さな箱を持たせた。恐らく、これに星のカケラを入れろということなのだろう。私は老婆に礼を言い、また旅に出た。

 その晩のことであった。私は老婆の言いつけ通り、人気の無い所で野宿をしていた。星のカケラの本当の姿とはいったいどんなものか、それが気になって私は箱を開けてみた。すると、目を開けていられなくなる程の眩い光が箱から溢れ、私はとっさに目を瞑ってしまった。光は次第に治まっていき、漸く目を開けられる程のものとなった。恐る恐る目を開けると、そこにはまだ少し光を放つ星のカケラがあった。手に取ってよく見てみると、赤、青、黄、緑、と様々な色を発していることが分かった。眩いばかりの輝きを放つこの姿こそが、星のカケラの本当の姿……。確かに老婆が注意してくるはずだ。宝石としての価値も出そうなほど綺麗なものなのだから、放っておく者はそうそういない。ましてやこんな廃れた時代だ。人々の心も荒みきっているのだから、武力行使に出る者もいるだろう。私の身を案じて箱までくれた老婆に感謝した。旅が終わったら、アステルと共に礼を言いに行こう。この話をすれば、きっと彼女も礼を言いたいと言うだろうから。

 老婆に星のカケラを貰った翌日、私は問いを変えて旅を続けた。“夜になると光る場所は無いか”という問いだ。人々は星のカケラがどんなものなのかを知らない。故に、こう聞いた方がいいのではないかと思い至ったのだ。しかしそう簡単に見付かるものではなく、私は何度も場所を変え、人里を渡り歩いた。何里も歩き、砂を踏みしめ、たまに会う人に尋ね、時に異形に襲われはしたが、漸く私は辿り着いた。小さな子供から聞いた、夜にだけ光を発する場所。……そこに、私が持つ星のカケラと同じものがあったのだ。幾多の輝きを放つこの石は、星のカケラに間違いない。これで願いが叶う。アステルと一緒に旅が出来る。私は箱の中にそれを収め、それから急いでアステルの家へと向かった。

 アステルの家に着いて出迎えてくれた彼女の母の顔は、浮かないものだった。口籠る彼女を押しのけ、私が見た光景は、

 

「アステルは、今朝にはもう……」

 

ベッドに横たわり、固く目を閉じるアステルの姿だった。元から白かった顔色は更に白く、明るい笑顔を浮かべていた顔は無表情のまま変わることなく、弱い体で精一杯動かしていた手足は微動だにしない。本当に、死んでしまったのか。そう思って恐る恐る握った手は冷たく、一切の温度が感じられない。そんな……一緒に旅をするために、アステルの体を元気にするために、私は星のカケラを見付けてきたのに。そこで私は1つの考えに思い至る。どんな願いも叶う星のカケラであれば、死者を蘇らせることも可能なのではないだろうか。私は震える手で箱から星のカケラを取り出し、握りしめてこう願った。どうかアステルと旅が出来るようにさせてください。願った瞬間、淡い光を放っていた星のカケラは今までのそれとは段違いに眩しくなっていった。そしてそれと時を同じくして、アステルの体も輝き始める。完全に光が治まると、アステルの指先が微かに動いた。

 

「あれ、私……」

 

生き返った。星のカケラの言い伝えは本物だったのだ。私は思わずアステルに抱きつく。その勢いでベッドまで倒れてしまったが、彼女は力強く抱き返してくれた。体が弱かった以前からは考えられないことだ。泣きながら何度も何度も良かったと言う私に、アステルもまた、ありがとうと言いながら頬を涙で濡らして力いっぱい私を抱きしめていた。

 それから数日後のこと。アステルは白いワンピース姿から、ラフなシャツとズボン、そしてリュックを背負った姿へと装いを変えていた。あの後医者に診てもらったところ、異常は何も無いとのことだったので、早速旅に出掛けようという話になったのだ。

 

「うんっ、準備万端だよ! まずは何処に行こうか」

「そうだね、まずは――」

 

星のカケラはもう要らない。これからは2人で、お互いの願いを叶えていくことが出来るのだから。

 

文章/ やく  イラスト/霙音さらさ

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